【1年ぶり】故郷珍島へ。

更新があいてしまいました。

やっぱりパソコン作業は慣れてないので、、

でも気合入れなおしてやっていきます☆

今日は、土曜日に珍島へ行ってきたお話を。

これは1年前の子どもたちです。


1年前、珍島のハラボジがお亡くなりになりました。
そして先日、一周忌ということで珍島へ行ってきました。

シアボジ(義父さん)側のハラボジ。
ハルモニは一昨年亡くなり、それからどんどん弱っていってしまったハラボジ。


去年の2月に移住してすぐ珍島へ会いに行き、
まだ3か月だった三男を抱っこしてくださったり
一緒にご飯を食べたりできてよかったです。


それから数週間後。


病院に移ったハラボジに会いに
オッパと長男と次男で珍島へ。

また会いに行きますからねと約束したものの
その2週間後にハラボジは天国へ行かれました。



ハラボジは病気ではなく
最期は穏やかに天国へ行かれて、

息子5人娘1人
孫12人、ひ孫9人の
大きなハラボジになり
大好きなハルモニの元へ行けたのは
幸せな人生だったんじゃないかなと
私は思いました。

【珍島への長旅】

土曜日の昼前に出発しました。

シオモニは早朝に、シアボジは午後にktxで。
なので車では私たち家族のみで出発しました。

ちなみに珍島とは。。

地図で言うとこの辺りにあり、
ktxでは最寄り駅まで3時間ほど
車では5,6時間かかります。

遠いですが、帰省の度に年に2回以上は行っていたので
私は20回ほど珍島入りしてきました。

多分日本人でこんなに珍島へ行ってる人は
なかなか居ないと自負しています。


私は車で子どものお世話をするだけですが
運転するオッパが一番大変なので
応援しながら後部座席でサポートしています。
(多分何のサポートにもなっていない)


最近ずっとカフェイン絶ちをしていた私ですが
低血圧気味でフラフラする症状があって
低血圧にはコーヒーが良いらしく解禁☆

車の長旅にはやっぱりコーヒーはかかせません。
すごいどうでもいい話なんですが
私はいつも助手席の後ろに座っているので
この角度から肩、二の腕、腕を見るのが好きなんです。笑

助手席で外の景色を見るのも良いですが
ハンドル握って力が入る絶妙な筋肉の動きとか
血管のスジとかを斜め後ろから見てる方が
『いいわあ~♡』となります。

本当どうでもいい話!!

一度休憩所に寄ってご飯を食べて、このざま。

でもだいたい、長男次男が寝た頃に三男と娘は起きだし
車内が静かになることはありません。

まあ、車でも音楽流して歌ってるので
子どもが居ても居なくても騒がしいですが..

【セウォル号を横目に】

목포を通過し、珍島にもうすぐ着くあたりに
あのセウォル号があります。

写真は撮る気になれなかったので
↑はその近辺の海ですが、
静かで穏やかで、夕日はキレイなんですが
やはりどこか寂しさを感じるような
何とも言えない気持ちになります。



実際に珍島に住む親せきの方々の話を聞くと
悲しい事故、というだけではなく
色々現実的な話も教えてくださり…

衝撃的であまりにもつらい事故でしたが
私がこうして実際のセウォル号を見たり
珍島の人に聞いた色んな話を聞いて

やはり忘れちゃいけないと思いました。


事故後の遺族を描いた映画『생일(誕生日)』が
4月から上映されました。

市バスの広告で見かけて
長男が見に行きたいと言っていたので
見に行くか考え中です。

感情移入しすぎて、
私のメンタルで見ちゃいけない気もするので
よく考えながら。。

もしあの映像が流れるのであれば
大画面で直視する勇気はないので
テレビで見れるまで待とうかな?



セウォル号の事故の影響かはわかりませんが
子ども達の遠足や課外学習の時に
クラスのオンマ達のカカオトークでは

引率当番のオンマから
『今〇〇にいます』
『今〇〇しています』
『今から帰ります』
などの細かい報告と写真などが送られてきて
色んな会話が繰り広げられる感じなのですが。

『楽しんで無事に帰ってきてくれて良かった』
そんな声もチラホラききます。

母親として当然の気持ちですが、
あの事故をリアルタイムで見ていた韓国のオンマ達は
遠足や課外学習と聞くと、心配や不安が蘇ってきてるんじゃないかと感じました。


今日、まさに長男は課外学習の日なのですが
あの事故を無駄にしないで
先生方には子ども達をしっかり守ってもらいたいです。

そしてそして、
今日は長男の組のオンマの集まりがあるので
色んな話を聞いてきたいと思います。


【珍島のハラボジの家へ】

着いたのは夜だったので別の日の写真ですが
珍島のメイン通りです。
中道を入っていきます。
昔ながらの門をくぐり
この右側がハラボジとハルモニが住んでいた家です。
今では一番上の叔父さん夫婦が住んでいます。

そして左側の青い屋根の家がオッパが幼少期に住んでいた家。
次男と同い年の従兄弟のミヌと。
ミヌの弟も一緒に。


楽しく遊ぶひ孫たちを
きっと天国で見守ってくれてるよね。

ハルモニ。ハラボジ。
夜になりチェサが始まりました。

挨拶を終えてから、女達は片付け。
孫たち(オッパ達)はお酒の時間です。


親戚と集まりがある度に、面白いなと思うことがあります。


シアボジの兄弟は
6人のうち、男5人/女1人

孫世代(オッパ達)は
12人のうち、男10人/女2人

ひ孫世代(長男達)は
9人のうち、男8人/女1人


こうして見てもわかるように
圧倒的男子の多さ!!!

女子は貴重みたいです。



ちなみにシオモニ側は
5人兄弟のうち、男1人/女4人

その孫世代は
9人のうち、男4人/女5人

徐々に男も増えているけど、
シアボジ側と比べて女子が多くて
何だか不思議でした☆

【珍島の思い出】

珍島といえば海です。

夏の帰省では必ず珍島の海へ行っていました。

これは2017年の夏。
t土の中にいる生き物?虫に夢中。
何かが始まり。。
結果娘こうなる
息子たちもまだ幼くてかわいかったなあ。


去年の夏は珍島には行かず、
カンウォンドの海に行きました。

カンウォンドの海は青く透き通っていて
砂も白っぽいんですが
珍島の海は、濁りがあるので
海の美しさでいえば負けるかもしれませんが..

珍島にいると

『ここでオッパは育ったんだなあ。そりゃあたくましくもなるわ』
と、力強さみたいなものを感じます。


私は北海道で産まれ
オッパは珍島で産まれて、

よう出会ったな!!

これは1年前の写真ですが
珍島大橋の近くの展望台からの景色です。

天気なのに傘持参!!の娘。
ひょっこりさん。
珍島大橋を一望できます。
この笑顔。
珍島のPRキャラクターです。(嘘)
霧ですら、良い雰囲気。
また、行こうね。

【帰路と思ったこと】

1泊2日の短い滞在でしたが、無事にチェサを終え珍島を出発。

親戚の皆さんに挨拶をして珍島を出ました。
次に会えるのは、9月のチュソクです。

でもソウルに住む親戚には
頻繁に会うとは思いますが。


うちは親戚が多く付き合いも多いし
行事も今時にしてはしっかり行うし
楽か、楽じゃないかで言えば
楽じゃない方かもしれないです。

そして私自身、
集団行動× 協調性×な性格なので
最初は、大変だな、大丈夫かなと感じることも多かった。

でも、
会ってみたら皆さん良い方ばかりで
私も楽しく溶け込むことができました。



そして、嫁仕事もせっかく嫁いだのだから
気に入ってもらいたいという一心で
何とかやってきました。

その思いだけで今までやってきたつもりでしたが、
今回( ゚д゚)ハッ!と気づいたことがありました。




親戚との付き合いや、
地元や故郷で過ごす時間を通じて

“オッパをまだまだ知ろうとしてる自分”
に気づきました。

新婚でもあるまいのに気持ち悪いと思われるかもしれませんが

オッパの親戚との話し方や関わる雰囲気とかで

自分と出会う前の、昔のオッパの姿が
何だか見えてくる気がするんですよね。



好きになって結婚した人だから、
やっぱり知れるなら出来るだけ知っておきたい。

隠れネクラな私が親戚付き合いを積極的に出来るのは
オッパへの興味・関心があってのものなんだと
気づかされました。





話がズレちゃいましたが、、
無事珍島から私たちの住む光明へ帰り
また日常が始まりました。

珍島にはなかなか行けませんが、
この日常を一生懸命元気に生きることが
ハラボジとハルモニへの供養になると思うんです。

また明るい気持ちで珍島へ行けるように
がんばっていこうと思います☆


読んでくださりありがとうございました♡

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